« 2008.07.26 紅茶夜会17 | Main | 2008.08.09 親子向けライブ@小樽 »

2008.08.02 夏の夜の儚がたり

2008.08.02 「和蝋燭夜噺〜夏の夜の儚がたり」@AMICA

|| これは昨年2008年の今頃についての報告です。
|| 誤解なきようお願いいたします。m(_ _)m

よし。今年の「儚がたり」の前に載っけたぞっ。

2009年も8月第1土曜日に実施する「儚がたり」ですが、
2008年は、芥川龍之介「羅生門[青空文庫ページ]」+「藪の中[同]」
をお届けしたのでした。

浴衣姿で、蝋燭のあかりで、読んだんですねえ。

蝋燭あかりは、確かに「読む」には不利は不利。
特に「羅生門」のほうは、動きも比較的あったので
多少、難儀したような記憶もあるんですが、
もっと強く記憶に残っているのが、浴衣の扱い。

「薮の中」は数名のモノローグで構成された
いわばセリフ小説なんですが、
その人物が変わるところで
浴衣の着具合を変える戦法に出ることにしたんす。
なんかずっと同じ着方のままだと
人物が違うことをうまく体現できない気がして。
ま、自分で切り替えるためのスイッチにもしようと思ったんですけどね。

ただ、そのやり方がいまいちだったみたい。
ひとつが終わって、具合を変えてから次を始める。
そんな感じになったので、その時間が完全に物語として意味のない
「間」になってしまったらしい。

もしかしたら次のサブタイトルを読んでから
その登場人物に変化していく様として
着方を変えることも使えばよかったなあと、反省。

Ca3a0046Ca3a0045この日のお客様。
けっこういろんな
タイプの方々が
いらしてくださいました。

ところで来てくれた知り合いの俳優さんから
「芝居芝居するより、読みであるほうが伝わってきますね」
みたいな感想をもらい、
「しまった。芝居芝居しすぎた?」とか思ったんだけど
実は逆で「予想より芝居芝居してなくて、読みであった」とのこと。

芝居と読み語りの境界線というのは
常々、自分の論点ではあるんですが
果たして実際にやってみてどうなるのか。
上の指摘と誤解と理解の中で
そんな課題を自分に持ってしまうことにもなりました。

読み語りをしたことのある特にモノローグ小説を
一度、演劇としてやってしまってから
再び読み語りに戻してみたら
その違いとか、意義とか、もっとはっきり分かるのではないか。
そんなことを思ってしまったのであります。



それから1年。

上の思いつきについては
まだまだ先のことではありますが、
しかもこの「薮の中」ではなくほかの作品で、
いずれ試演的に演劇化してみようと、半ば「夢想」中。
というか、少しずつ準備中(爆)です。
もちろん「境界線」については
より強く意識しながらの1年でもありました。

そんでもって今週末には
もう今年の「儚がたり」です。
これまで「弾く人」「描く人」「切る人」「動かす人」
とのコラボは、いろいろやらせていただきましたが、
今回、初めて「動く人」との試演的コラボ付き
ということになりました。

きっと何かが生まれ、何かが見つかる場になると思います。
2009儚がたり告知

|

« 2008.07.26 紅茶夜会17 | Main | 2008.08.09 親子向けライブ@小樽 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 2008.08.02 夏の夜の儚がたり:

« 2008.07.26 紅茶夜会17 | Main | 2008.08.09 親子向けライブ@小樽 »